メコンの流れのように

多様な価値観、1つの世界

お坊主さんの次はボディービルダーを目指そうと思うわ

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どうも、ラオスのジーコです。

 

出家が終わってからよく聞かれるのが

「出家してから何か変わった?」

ってことです。

 

個人的には自分の中で何かが大きく変化したということはないと思っています。

けれど、出家を通して学んだことは沢山ありました。

 

しかし、それは断片的なものだったりしてまとめるのは難しいので、今後の記事で思い出した時に少しずつと書いていきたいと思います。

 

 

では、今回の記事では、出家生活で学んだことの1つ

『持たない生き方』

というものを書いていきたいと思います。

 

 

ぼくが出家するとき、出家先のお寺のお坊さんに出家する際に必要なものってあるかを聞いたら、

「歯磨きセットかなぁ」

と言われ、

え?!それ以外は???

と困惑しました。

 

しかし、実際に当日になってみると、本当に何も必要ありませんでした。

 

なぜなら、お坊さんが持っているものといえば、袈裟と托鉢につかう鉢(バード)だけだからです。

基本的に戒律で装飾品を身に付けるのはNGですし、お金を持つことも本来はNGです。

 

ブッダの教えにも『諸法無我』という「あらゆる事物には、永遠・不変な本性である我がないということ」が言われています。

 

袈裟もご飯もお金もその他の生活必需品などもすべて信者の人からもらったもので、自分の持ち物ではありません。つまり、お坊さんは基本的には何も持っていないのです。

 

 

仏教では持たないことを良しとします。

 

 

しかし、ぼくらはこれまで自分の物を持つことを良しとする教育を受け続けてきました。

 

例えば、

自分のものにはちゃんと名前を書きなさい。だとか

将来のために貯金をしなさい。だとか

良いものを身につけなさい。だとか

プライドを持ちなさい。だとか

良い役職(肩書)を持てるようにしなさい。だとか

 

けれど、自分のモノが増えれば増えるほど、自分の背中にのしかかるモノは増えて身体の自由は失います。

そして、自分のモノを持つと自分のモノを誰かに盗られる恐怖が生まれます。

つまり、多くのモノを持つことは自分自身で多くの敵を作ることになります。

 

 

お坊さんたちが心穏やかにできるのは、自分のモノを持たないからです。

他者に盗られるものが無ければ、もちろん恐怖は生まれませんし敵も作る必要もないということです。

 

このお坊さんの『持たない生き方』からぼくが学んだことは、

ぼくらが蓄えるべきは、お金などの目に見えて他人に盗まれる可能性のあるモノではなくて、他者に盗まれないモノを蓄えるということです。

 

他者に盗まれないモノとは何かというと

・知識・知恵

・スキル

・筋力

・信用

・心の豊かさ

です。

 

そんなわけで手始めに筋力を蓄えるために、ボディービルダーの筋肉を目指してジムに通い始めました

実は元体操競技をやっていたぼくですが、ここ数年はほとんど身体も動かしておらず、筋力は落ち、体力も落ち、先週はインフルエンザにかかり40度近い近い熱を出し寝込んでいました。

 

しかし、

ここで筋力をつけることによって、健康的な身体を手に入れることができます。

身体と心は密接に関わっているので健康的な身体を手に入れることで心も安定します。

心が安定すると知識やスキルを上げるための努力に打ち込むことができます。

知識やスキルが上がると他者からの信用がついてきます。

 

つまり、筋トレをすることで良い循環が生まれ、「持たない生き方」の効果をより効率的に発揮してくれるわけです。

 

 

ところで、仏教で教えられるような「持たない生き方」は古いのだろうか?

 

いやいやそんなことはない。

今、時代の最先端を行くキングコング西野はこう言っている。

 

『まもなく『貯金』の時代が終わり、信用を貯める『貯信』の時代が来る。』

 

lineblog.me

 

出家から学んだ仏教的生き方は今の時代でも通用する。

いや、むしろ螺旋階段を一周廻って、今の時代の最先端の生き方が仏教的生き方に戻っている。

 

そんなことを思いながら、、、

とりあえず、 筋トレ仲間募集中です。

 

いつか、筋トレの報告しますね(笑)

 

ではまた。

出家が終わってからのエトセトラ

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サバイディー!

どうも、お久しぶりです。ラオスのジーコです。

 

はやいもので、還俗して(出家が終わって)から約1ヵ月半が過ぎました。

 

この間に、親がラオスにやってきたり、仕事でルアンパバーンに出張にいったり、インフルエンザにかかったりと、バタバタと日々が過ぎていってしまい、

本当に自分は自分は出家していたんだっけ?

と思ってしまいそうなくらい昔に感じています。

 

今、思い返すとお寺の中の生活はやはり気持ちが楽だった。

それこそ俗世とは違い、悩み事が少なかった。

 

 

上座部仏教が「自分だけの救いを目的と小乗仏教」だと揶揄される理由も分らんでもない。

 

それほどストレスフリーの生活だった。

 

 俗世には色々な人間の思惑があって、それぞれの思惑をwin-winな形にするために色々と考えを巡らせなければならない。

それが大変なことでもあり、面白いところでもある。

 

多くの人間が関われば関わるほど自分の思惑通りするのが難しくなり、心を穏やかに保つのは難しい。

それ故に俗世の方が修業になる。

 

お寺のような環境で心を穏やかにできるのは当然のことのように今は思う。

 

だから、今は思惑の荒波を上手くコントロールして、自分の船を前に進めていきたい。

 

 

 

最後に…

 

もし、出家の日々に戻れるとしたら戻りたいかと聞かれれば、

『戻りたい。』

 

しかし、

だからこそ『戻りたくない。』

 

もう知ってしまった「楽をするための道」は選びたくないから。

まだ知らない「楽しい道」を選んでいきたい。

 

 

(決して出家生活が楽だというわけではなく、「楽しい」よりも「楽」を優先させるのが個人的に好きじゃないだけね)

もし、もう一度出家をすることにわくわくを見いだせたのならもう一度やる可能性はある。

ラオスの仏教僧の備忘録(托鉢修行の気づきまとめ)  

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サバイディーສະບາຍດີ

どうも、ラオスのジーコです。

 

還俗してから色々とバタバタとしてて、あっという間に2週間ほどが経ってしまいました。

まだ2週間しか経っていないのにもう何カ月も前のことだったように感じます。

ということで、はやく書かないと色々と忘れていってしまう~と危機感を持っています…。

ではでは、今回は出家中毎日行っていた「托鉢修行」の全14回を振り返ってみたいと思います。

 

托鉢に基本的なことはここを読んでください↓

laomekong.hatenablog.com

 

 

ぼくは毎日Twitterでその日に頂いた托鉢の中身と感想を書いていたので、これまでのハイライトご覧ください↓(前半は関係のないことも書いてますがご了承を…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、最後の托鉢はワンシンのためなかった…。

 

以上。

Twitterでのハイライトでした。

 

こんな感じで、托鉢修行では毎日新しい気づきや発見があり、実はこの時間が出家中にぼくが一番好きな時間でもありました。

 

始めはただただ痛かった裸足での歩行でしたが、そこに意味を考えてみたり、歩き方を工夫してみたり、何も考えないように歩いてみたりと、ただ托鉢をしながら裸足で歩くという行為なのにとても面白かったです。

 

『歩行と痛み』に関しての気づきの大まかな流れとしてはこんな感じでした

⇩⇩⇩

 

足の裏が痛い

小石を踏まないように下を向いて気を付けて歩く

歩き方がぎこちないせいで脚が筋肉痛になる

これまでの歩き方ではダメだと思う

なるべく前を向いて歩くことを心掛ける

痛いのはしょうがないと割り切って歩くようになる(痛みは痛みとして認識して、痛みを苦しみだとは思わない。)

しかし、やはり痛いものは痛い

裸足で走って遊んでいる子どもを見る

何故子どもたちは痛みを感じずに裸足で走れるのだろうか?と思う。そして、自分も子どもの頃は裸足で走っていたことを思い出す。

子どもが注目しているいるのは、地面ではなく、走るという行動であり、その行動を楽しむことに全意識を置いている。

自分の歩き(身体の動かし方)に注目してみる

動き全体がぎこちないことに気づく

それは、無意識に痛みを怖がっていることから来ている

痛みを怖がらないためにはどうしたら良いかを考える

地面を大地を地球を自分の味方だと思う。(自分も地球の一部と考える)

すると、自然な歩き方ができるようになった。

しかし、知らないうちに小石を踏み右足に血豆ができる。

血豆が痛むなかでどうやって歩くかの最大の試練

これ以降は歩きを洗練する作業

痛みを意識せず完全に自由に歩けるようになる。

 

 

 この気づきを日常生活に絡めてみると、

日常生活にも毎日たくさんの小石(心の痛みをもたらす原因となる事)が転がっている。

だからといって、小石を避けて生活しようとすると自分らしくない生き方をしてしまい疲れが溜まる。更には小石を避け続ければ避け続けるほど小石が大きく見えるようになり小石の上を歩くのが怖くなる。そして、足の裏もか弱くなってしまう。

小石すらも自分の味方と見なして自分らしく生きる(自分の心や身体に正直に生きる)ことができれば、例え小石でケガをしたとしても、そのケガを学びとすることができ、更には、足の皮も厚くなり小石なんて痛くもなくなる。

 

自分の身体と心に注目して自分が一番自然体でいられる生き方をする。

 

 それがぼくが托鉢から得た気づき方の考えの1つ。

 

だから、これからも時折自分に聞きたいと思う。

「今、自分は痛みを怖がらずに自然な歩き方が出来ているか?」と。

ラオスの仏教僧の備忘録(出家17日目(最終日):Starting Over)

サバイディーສະບາຍດີ

 

どうも、ラオスの仏教僧だったジーコです。

7月23日に還俗して(出家が終わり)2日が過ぎてこの記事を書いています。

 

出家全体のまとめはまだ自分の中でまとまっておらず書けそうにないので、今回は最終日の出来事だけ書いていきたいと思います。

 

ではでは、最終日を振り返りますね…。

 

 

最終日は、いつものように朝の3時過ぎに起き4時からお経を読みました。

最初はパーリ語のお経の教科書を見ながらでも、今どこを読んでいるかも分からなかったのに最終日には、簡単なところは暗記して唱えれるようになりました。

 

普段はこの次に6時から托鉢ためにお寺の外を歩くのですが、最終日の23日は丁度新月の日ということでワンシン(満月と新月(と半月)の日は仏教の日と言われている)でした。

そのため、最終日は外の托鉢に行くのではなく、逆に信者たちがお寺に托鉢(布施)をしに来ます。

ちょうど僕が出家をした次の日が満月&カオパンサーの日だったので、最終日が新月で終わるというのはとても運命的というか良い区切りのように感じます。

 

というわけで最終日の托鉢はいつもより多くのお布施をいただきました。このように↓

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最終日ということで、協力隊の友達も来てくれて沢山の写真をとってくれました。こうやって自分の写真を残せれるのは本当に有難いです。感謝しています。

 

そして、朝のワンシンの托鉢が終わり、8時過ぎ、

ついに、還俗の儀式です。

 

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初日の出家の儀式と同じように、住職に3回お辞儀し、住職の言うお経を繰り返して唱えます。

 

一旦、お経が終わり、袈裟を脱ぎ、そして、洋服に着替えます。(17日ぶりの洋服に…)

 

洋服を着たところで、「あ、出家、終わるんだ…。」という気持ちが出てきました。

 

洋服に着替え終わるともう一度、住職の前に座り、お経を繰り返します。

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これで、還俗の儀式は完了。

時間にして約5分。

あっという間の出来事です。

 

 

そして、最後に、

出家が終わりお寺を出る人がやらなければならない決まり事があります。

 

それがこちら↓

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そう。トイレ掃除です。

 

予想外の決まり事にビックリでした(笑)

トイレは大切ですね!

 

しかもこの日の2日前に個人的に掃除をしたばかりでした…(証拠↓)

 

トイレ掃除が終わり、これでついに全ての儀式が終わりです!

 

そして、荷物を取りに部屋に戻り、 

荷物を持ち、最後に出家期間中同じ部屋で色々と教えてくれたクバーニー(僧侶のニーさん)と握手をし、

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みんなと少しだけ話をして、

『さよなら』です。

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みんな「また今度、遊びに来てね!」と言われ、少し泣きそうでした。

 

一緒に17日間過ごせて楽しかった。

これだけラオス人と寝食をともにしたのも初めてだったので、友達というか、家族のような兄弟たちのような存在でした。

 

だから、

「みんなとまたどこかで会えたらいいなぁ。みんな将来どうなっていくんだろう? 」

 

そんなことを想いながら、 

お寺をあとにしました。 

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 これににてラオスの仏教僧ジーコの出家生活は終了。

 

しかし、まだまだ出家生活のことについて書きたいことが残っているので、番外編でこの備忘録シリーズは続きますので、

どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

とりあえず、

「ただいま俗世!」

 

 

何かが終われば、また新しい何かの始まりですね。


Mr.Children「Starting Over」Live from TOUR 2015 REFLECTION

ラオスの仏教僧の備忘録(出家15日目:今だから言える、協力隊のぼくが出家する前に悩んでいたこと)

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サバイディー

どうも、ラオスの仏教僧ジーコです。

 

なんだかんだで残り出家生活も2日となりました。

23日の午前に還俗の儀式を行うので実質明日が最終日みたいなものです。

 

もう何があろうと明後日で終わりなので、今回はぼくが出家する前とそしてこれまで悩んでいたことというか心配だったことを書こうと思います。

 

実は、半ば勢いで「出家したい」と友達のお坊さんに言ったら、思った以上にとんとん拍子に話が進み出家することになったので心の準備的なものが出来ていなかった感じでした。

 

そんなわけで、ぼくには大きく分けて3つの心配事がありました。

 

1.協力隊として出家なんかしていいのか?

このことはとても悩んでいました。本来、ボランティアをするために来た人間が仕事を休んで出家をしていいのか?あまつさえ、出家をするということは逆に托鉢でお金をもらうことになってしまうぞ…。

これは協力隊の規約からしては違反行為ではないか…?

また、これを知った誰かが文句を言ってくるのではないだろうか…。

等々、協力隊であるが故に怖いものが多くあり、公に公言するのもどうしようか悩んでいました。

 

しかし、丁度出家の少し前に任地に来て1年が経ったので所長と調整員との中間面談のがあり、そこで出家をすることの旨を伝えたら所長から「良かったら、是非jicaラオスのfacebookにその体験談を書いてください」という言葉をいただき、心配が晴れたのを覚えています。

そのおかげでこのように出家体験をブログに書くことが出来ています。

所長及び調整員の皆さん、理解していただき本当に感謝しております。

 

しかし、よくよく考えてみると協力隊の仕事って何なんでしょうね…?

最初は、協力隊はボランティアとしてその国の人のために働き、その国を状況を変えることだとか思っていましたが、、、

本当にその国の状況を変えようとするのならたった2年間の活動では変えるのはめちゃくちゃ難しいし、そもそも活動の予算も限られているので、大きなプロジェクトを起こすのも難しい…。(無理とは言わないが、、、)

だから最近は、協力隊の最大の役割は『日本への社会還元と現地の人との国際交流』なのではないかと思ってきている。

 

そう考えて良いのなら今回の『出家』は今後の社会還元のための異文化理解に(Culture Ambassadorとして)とても良い経験となったと思う。

 

あ、もちろん活動の方も頑張っていますよ。しかし、ラオスの学校は現在雨季休み期間でやることが少ないのです…。 

 

2.仏教徒及びラオス人からの反感を買わないか?

 

ぼくはブッダの哲学的教えは好きですが、自分自身を『仏教徒』だとは思っていませんでした。(今もそうです。)

そんな自分が神聖なる出家なんてしていいのか?また、その出家体験をブログに書くなどして良いのか?神聖なものを汚す行為ではないのか?ということを考えていました。

 

しかし、ラオス人に「どうして出家をしたいの?」と聞かれたときに、

「ラオスの文化をもっと知りたいから」と答えると

みんな「おお!いいな!goodだ!」と喜んでくれました。

 

そして、ツイッターのアカウントのフォロワーが出家のブログを始めてすぐは一時的に減ったものの、そこから50人以上の仏教関連のフォロワーが増えました。

まだ、炎上はしていません(笑)

たぶん本当の仏教徒は「怒り」は「執着」であり、『苦』であると認識しているはずなので、ぼくのツイートくらいでは怒ることはないでしょう(と願ってる…)。

 

そんなわけで、この心配もなんとかなりました。

 

3.家族にバレたら…

これは皆さんご存知かと思いますが、バレました(笑)

知らない方はこちらを↓

laomekong.hatenablog.com

 

まぁこれもなんだかんだでなんとかなりましたね…(笑)

 

 

以上がぼくの心配事でした。

 

お寺での食事や修行などの生活面に関しては大して心配はしていませんでした。

というかその生活をすることが目的だったので。むしろ、もっと出家生活は厳しくて良かったのにと思っています(笑)

別にドMというわけでなく、もっと出家生活って苦しいものだと思い込んでいたので。

 

 

とりあえず、今回、出家をしてみて思うことが、

『案ずるよりも産むが易し』

とりあえず、やってみればいい。

 

今、活動に悩んでいる人への坊主からのアドバイスとしては、「心配は妄想でしかない」ってことと「協力隊はボランティア隊ではなく、あくまで『協力』隊である」ってこと、自分のやりたいと思うことをやった方が将来の話のネタになる。

個人的には「自分は任地でこれをやってきた!」というものを1つでも持つことができれば、それで良いと思う。

そして、健康に日本に帰れれば最高!!

 

では、また。

ໂຊກດີ(ソークディー:幸運を)

ラオスの仏教僧の備忘録(出家13~14日目:『え!こんな人が?!』お寺にやって来る人一覧)

 

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サバイディーສະບາຍດີ

どうもラオスの仏教僧ジーコです。

 

早いもので、今日で出家生活がちょうど2週間(14日目)です。

 

そして、あと3日で出家生活を終えます。還俗いたします。

正確には23日の朝に還俗の儀式を行う予定なので2.5日と言った方がいいでしょうか。

 

 そろそろこの備忘録シリーズも終わりまとめに向かっていきますね。

 

 

ということで、今回はどんな人がお寺にやって来るのかをまとめたいと思います。

 

思い出せたのを書きだすと以下のような人がぼくの出家しているお寺にはやってきます。↓

 

・托鉢に来る人 

もちろん朝にぼくたち坊主が町を歩いて托鉢に行くのですが、その時間に間に合わなかった人や、お昼ご飯のために托鉢をしに来てくださる方がいらっしゃいます。(たまに托鉢が少なくてお昼ご飯がないときもあります。そんなときはこれまでに頂いたお菓子やインスタントラーメンでしのぎます。)

 

・ご飯を買うお金がない人

毎朝、毎昼食時にお坊さんたちの食べ残しを貰いにくる貧しい方もお寺にはいらっしゃいます。なので、ぼくは自分が頂いたカオニャオ(もち米)のほとんどは彼らに渡しています。

 

・使用人

ぼくらのお寺には1人だけお寺のお手伝いをするために使用人がお坊さんに交じってお寺に住んでいます。たぶん大きなお寺だと何人もいると思います。

 

・話好きの近所のおっちゃん

書いてある通り。話好きの近所のおっちゃんが暇を持て余してやってきます。笑

 

・子どもたちや子連れの家族

ぼくも子どもの頃近くの神社でよく遊んでいましたが、そんな感じで毎日子どもたちがお寺で走り回っています。また、散歩をしに近所の小さな子を持つお母さんたちがやってきたりします。

 

・お葬式の参列者

うちのお寺にはほかのお寺にはあまりない火葬場があります。そのため2日に1回くらいは葬式がお寺の敷地内で行われます。

 

・坊主たちの学校の友達

うちのお寺で出家しているお坊さんのほとんどが学校に通いながら出家しているので、時々彼らの友達が話しにやってきます。

 

・坊主たちの親類

生活必需品などを持ってきたり、何かしらの用事でやってきたりします。しかし、極稀に。

 

・家出少年

母と喧嘩して家を出てきたが、一般人の友達の家に泊まるのは申し訳ないから、お坊さんの友達に頼んでお寺に泊まらせてもらっているとのこと。そんなのもアリなんですね…。

 

・キンソム屋(果物屋)

ラオスでは定番のキンソム(酸っぱい熟れていない果物を食べる習慣)はお寺でもあります。お坊さんたちがご飯を食べれるのは朝と昼だけですが、午後からも水と果物はOKです。そのため、キンソムはお坊さんたちにとって貴重な空腹解消材。

 

・日用雑貨屋

お坊さんにも必要な物があります。パンツ(昔は穿いていけなかったらしい)とかノートとか本とか延長コードとかサングラスとかスピーカーとかハンドスピナーとか何でも屋さんがやってきてその度お坊さんたちが群がります。

 

・宝くじ屋のおばちゃん

宝くじを売りにやってきます。たまに買うお坊さんもいます。「おい!煩悩!」

 

 

以上。大体こんなもんですね。

 

 

日本との違いとしては、『お参り』に来る人(参拝者)がいないということですね。

 

日本とラオスの仏教の大きな違いの1つですね。

日本の仏教は仏様にそのままにお祈りをしようとします。

ラオスでは托鉢をするという行為がそれに当たります。

考えてみれば、お祈りしても自らが行動をしなければ何にもなりませんね。(仏教は仏さまが願い事を叶えてくれるというわけではないので)そもそも仏教は、前回説明したように個人の行動を何より重視しています。

 

上座部仏教(ラオスの仏教)においてお坊さんは一般人が仏教的行動をするための媒介的役割も果たしているのですね。それ故にとても重要な存在でもあるわけですね。

 

 

それでは今回はこんなところで。

ໂຊກດີ

ラオスの仏教僧の備忘録(出家12日目:仏教僧的に母の「会うのが怖くなった」を解説します。)

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サバイディーສະບາຍດີ

どうも、ラオスの仏教僧ジーコです。

 

前回の『母親に出家がバレた結果⇒「会うのが怖くなった」と言われてしもた』から

laomekong.hatenablog.com

 

ぼくも一応、仏教僧ということで、、、

今回は、 

どうして母は「会うのが怖くなった」のかを、仏教的に解釈したいと思います。

 

 

ではでは、始めますね。

 

と、その前に、仏教の基礎的知識を勉強してからにしましょうか…。

 

 

みなさん、

そもそも『仏教』とは何でしょうか?

 

 

仏教を「お釈迦様を信じていれば、極楽浄土(天国)にいける宗教」と思っている人がよくいますが、それは間違った認識です。

 

本来、仏教は個々人が『苦』を完全に無くした状態(涅槃)を目指すことを目的とした宗教です。

 

苦しみを無くすには人はどのよう考え、行動すれば良いかということをブッダが教えてくれているわけです。

決して念仏を唱えれば極楽に行けるなんていう簡単なものではありません。

どちらかというと哲学にも近いです。

 

そんな仏教ですが、

仏教では『苦』には8つ種類があると言われています。

 

そうです。

皆さんもご存知の「四苦八苦する」という言葉は仏教からきた言葉です。

 

本来の「四苦八苦」の意味は、

人間の苦しみには誰もが避けることのできない「生苦(生まれる苦しみ)」「老苦(老いる苦しみ)」「病苦(病気にかかる苦しみ)」「死苦(死ぬ苦しみ)」の4つ。

それに加えさらに、

社会生活の4つの苦しみとして「愛別離苦(愛しい人と分かれる苦しみ)」「怨憎会苦(恨みに憎しみのある人とあわなければならない苦しみ)」「求不得苦(求めても手に入らない苦しみ)」「五蘊盛苦(心身が思い通りにならない苦しみ)」の8つの苦しみがあることです。

 

そして、それらの『苦』の原因が皆さんご存知『煩悩』です(このことを「集諦」という)。

 

「煩悩」の本当の意味は「汚すもの」つまり、心を汚すものを意味します。

 

その『煩悩』の根源が、3つあると言われています。

 

それが「貪欲(とんよく)」「瞋恚(しんに)」「愚癡(ぐち)」です。

 

貪欲とは、むさぼり執着すること(いわゆる欲望)

瞋恚とは、嫌悪すること、憎悪すること、拒絶反応を示すこと

愚癡とは、真実に暗いこと、無知であること

(ちなみにここでいう真実とは、「諸行無常:変わらない物はない」「諸法無我:全て存在に主体はない」「涅槃寂静:煩悩がない状態」の三法印などのブッダの教えのこと)

 

よく「貪・瞋・癡」と縮められて聞くことがありますね。

 

この3つの煩悩の根源のことを『三毒』と言います。

 

皆さん、『苦』の正体がわかりましたか? 

 

仏教の基礎知識は以上です。

 

やっと、母の「会うのが怖くなった」の解説に移れますね…。

ここまで分かれば、あとは一瞬で解説は終われます!

 

今回の母の「怖くなった」という感情は、いわば『苦』ですね。

 

母は一体に何に苦しんでいるのでしょうか?

 

上記の仏教の教えを参考にするとこのように考えられます↓

 

 

以上です。

こんなに簡単に説明がついてしまいます。

 

しかし、 同時に親が子を想う気持ちも分かります。

「自分の子どもが自分の知らない世界へと進んでいく」ことは親にとってとても心配なことかもしれません。

しかし、それこそ『諸法無我』であります。

 

仏教では自分の身体ですら自分のものではないと考えます。

いわんや、子どもの身体をやです。

 

自分の思い通りにできる人なんていません。

 

それだけでも心に留めておくと、途上国での活動だけでなく、普段の人間関係でも悩むことが少なくなりますよ。

 

母が良い勉強をさせてくれました。

感謝感謝。

 

両親がラオスに来たらラオスの文化を楽しんでもらえるように、私も努力します。

 

 

では、また。

ໂຊກດີ