メコンの流れのように

多様な価値観、1つの世界

ラオスの仏教僧の備忘録(出家17日目(最終日):Starting Over)

サバイディーສະບາຍດີ

 

どうも、ラオスの仏教僧だったジーコです。

7月23日に還俗して(出家が終わり)2日が過ぎてこの記事を書いています。

 

出家全体のまとめはまだ自分の中でまとまっておらず書けそうにないので、今回は最終日の出来事だけ書いていきたいと思います。

 

ではでは、最終日を振り返りますね…。

 

 

最終日は、いつものように朝の3時過ぎに起き4時からお経を読みました。

最初はパーリ語のお経の教科書を見ながらでも、今どこを読んでいるかも分からなかったのに最終日には、簡単なところは暗記して唱えれるようになりました。

 

普段はこの次に6時から托鉢ためにお寺の外を歩くのですが、最終日の23日は丁度新月の日ということでワンシン(満月と新月(と半月)の日は仏教の日と言われている)でした。

そのため、最終日は外の托鉢に行くのではなく、逆に信者たちがお寺に托鉢(布施)をしに来ます。

ちょうど僕が出家をした次の日が満月&カオパンサーの日だったので、最終日が新月で終わるというのはとても運命的というか良い区切りのように感じます。

 

というわけで最終日の托鉢はいつもより多くのお布施をいただきました。このように↓

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最終日ということで、協力隊の友達も来てくれて沢山の写真をとってくれました。こうやって自分の写真を残せれるのは本当に有難いです。感謝しています。

 

そして、朝のワンシンの托鉢が終わり、8時過ぎ、

ついに、還俗の儀式です。

 

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初日の出家の儀式と同じように、住職に3回お辞儀し、住職の言うお経を繰り返して唱えます。

 

一旦、お経が終わり、袈裟を脱ぎ、そして、洋服に着替えます。(17日ぶりの洋服に…)

 

洋服を着たところで、「あ、出家、終わるんだ…。」という気持ちが出てきました。

 

洋服に着替え終わるともう一度、住職の前に座り、お経を繰り返します。

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これで、還俗の儀式は完了。

時間にして約5分。

あっという間の出来事です。

 

 

そして、最後に、

出家が終わりお寺を出る人がやらなければならない決まり事があります。

 

それがこちら↓

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そう。トイレ掃除です。

 

予想外の決まり事にビックリでした(笑)

トイレは大切ですね!

 

しかもこの日の2日前に個人的に掃除をしたばかりでした…(証拠↓)

 

トイレ掃除が終わり、これでついに全ての儀式が終わりです!

 

そして、荷物を取りに部屋に戻り、 

荷物を持ち、最後に出家期間中同じ部屋で色々と教えてくれたクバーニー(僧侶のニーさん)と握手をし、

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みんなと少しだけ話をして、

『さよなら』です。

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みんな「また今度、遊びに来てね!」と言われ、少し泣きそうでした。

 

一緒に17日間過ごせて楽しかった。

これだけラオス人と寝食をともにしたのも初めてだったので、友達というか、家族のような兄弟たちのような存在でした。

 

だから、

「みんなとまたどこかで会えたらいいなぁ。みんな将来どうなっていくんだろう? 」

 

そんなことを想いながら、 

お寺をあとにしました。 

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 これににてラオスの仏教僧ジーコの出家生活は終了。

 

しかし、まだまだ出家生活のことについて書きたいことが残っているので、番外編でこの備忘録シリーズは続きますので、

どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

とりあえず、

「ただいま俗世!」

 

 

何かが終われば、また新しい何かの始まりですね。


Mr.Children「Starting Over」Live from TOUR 2015 REFLECTION

ラオスの仏教僧の備忘録(出家15日目:今だから言える、協力隊のぼくが出家する前に悩んでいたこと)

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サバイディー

どうも、ラオスの仏教僧ジーコです。

 

なんだかんだで残り出家生活も2日となりました。

23日の午前に還俗の儀式を行うので実質明日が最終日みたいなものです。

 

もう何があろうと明後日で終わりなので、今回はぼくが出家する前とそしてこれまで悩んでいたことというか心配だったことを書こうと思います。

 

実は、半ば勢いで「出家したい」と友達のお坊さんに言ったら、思った以上にとんとん拍子に話が進み出家することになったので心の準備的なものが出来ていなかった感じでした。

 

そんなわけで、ぼくには大きく分けて3つの心配事がありました。

 

1.協力隊として出家なんかしていいのか?

このことはとても悩んでいました。本来、ボランティアをするために来た人間が仕事を休んで出家をしていいのか?あまつさえ、出家をするということは逆に托鉢でお金をもらうことになってしまうぞ…。

これは協力隊の規約からしては違反行為ではないか…?

また、これを知った誰かが文句を言ってくるのではないだろうか…。

等々、協力隊であるが故に怖いものが多くあり、公に公言するのもどうしようか悩んでいました。

 

しかし、丁度出家の少し前に任地に来て1年が経ったので所長と調整員との中間面談のがあり、そこで出家をすることの旨を伝えたら所長から「良かったら、是非jicaラオスのfacebookにその体験談を書いてください」という言葉をいただき、心配が晴れたのを覚えています。

そのおかげでこのように出家体験をブログに書くことが出来ています。

所長及び調整員の皆さん、理解していただき本当に感謝しております。

 

しかし、よくよく考えてみると協力隊の仕事って何なんでしょうね…?

最初は、協力隊はボランティアとしてその国の人のために働き、その国を状況を変えることだとか思っていましたが、、、

本当にその国の状況を変えようとするのならたった2年間の活動では変えるのはめちゃくちゃ難しいし、そもそも活動の予算も限られているので、大きなプロジェクトを起こすのも難しい…。(無理とは言わないが、、、)

だから最近は、協力隊の最大の役割は『日本への社会還元と現地の人との国際交流』なのではないかと思ってきている。

 

そう考えて良いのなら今回の『出家』は今後の社会還元のための異文化理解に(Culture Ambassadorとして)とても良い経験となったと思う。

 

あ、もちろん活動の方も頑張っていますよ。しかし、ラオスの学校は現在雨季休み期間でやることが少ないのです…。 

 

2.仏教徒及びラオス人からの反感を買わないか?

 

ぼくはブッダの哲学的教えは好きですが、自分自身を『仏教徒』だとは思っていませんでした。(今もそうです。)

そんな自分が神聖なる出家なんてしていいのか?また、その出家体験をブログに書くなどして良いのか?神聖なものを汚す行為ではないのか?ということを考えていました。

 

しかし、ラオス人に「どうして出家をしたいの?」と聞かれたときに、

「ラオスの文化をもっと知りたいから」と答えると

みんな「おお!いいな!goodだ!」と喜んでくれました。

 

そして、ツイッターのアカウントのフォロワーが出家のブログを始めてすぐは一時的に減ったものの、そこから50人以上の仏教関連のフォロワーが増えました。

まだ、炎上はしていません(笑)

たぶん本当の仏教徒は「怒り」は「執着」であり、『苦』であると認識しているはずなので、ぼくのツイートくらいでは怒ることはないでしょう(と願ってる…)。

 

そんなわけで、この心配もなんとかなりました。

 

3.家族にバレたら…

これは皆さんご存知かと思いますが、バレました(笑)

知らない方はこちらを↓

laomekong.hatenablog.com

 

まぁこれもなんだかんだでなんとかなりましたね…(笑)

 

 

以上がぼくの心配事でした。

 

お寺での食事や修行などの生活面に関しては大して心配はしていませんでした。

というかその生活をすることが目的だったので。むしろ、もっと出家生活は厳しくて良かったのにと思っています(笑)

別にドMというわけでなく、もっと出家生活って苦しいものだと思い込んでいたので。

 

 

とりあえず、今回、出家をしてみて思うことが、

『案ずるよりも産むが易し』

とりあえず、やってみればいい。

 

今、活動に悩んでいる人への坊主からのアドバイスとしては、「心配は妄想でしかない」ってことと「協力隊はボランティア隊ではなく、あくまで『協力』隊である」ってこと、自分のやりたいと思うことをやった方が将来の話のネタになる。

個人的には「自分は任地でこれをやってきた!」というものを1つでも持つことができれば、それで良いと思う。

そして、健康に日本に帰れれば最高!!

 

では、また。

ໂຊກດີ(ソークディー:幸運を)

ラオスの仏教僧の備忘録(出家13~14日目:『え!こんな人が?!』お寺にやって来る人一覧)

 

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サバイディーສະບາຍດີ

どうもラオスの仏教僧ジーコです。

 

早いもので、今日で出家生活がちょうど2週間(14日目)です。

 

そして、あと3日で出家生活を終えます。還俗いたします。

正確には23日の朝に還俗の儀式を行う予定なので2.5日と言った方がいいでしょうか。

 

 そろそろこの備忘録シリーズも終わりまとめに向かっていきますね。

 

 

ということで、今回はどんな人がお寺にやって来るのかをまとめたいと思います。

 

思い出せたのを書きだすと以下のような人がぼくの出家しているお寺にはやってきます。↓

 

・托鉢に来る人 

もちろん朝にぼくたち坊主が町を歩いて托鉢に行くのですが、その時間に間に合わなかった人や、お昼ご飯のために托鉢をしに来てくださる方がいらっしゃいます。(たまに托鉢が少なくてお昼ご飯がないときもあります。そんなときはこれまでに頂いたお菓子やインスタントラーメンでしのぎます。)

 

・ご飯を買うお金がない人

毎朝、毎昼食時にお坊さんたちの食べ残しを貰いにくる貧しい方もお寺にはいらっしゃいます。なので、ぼくは自分が頂いたカオニャオ(もち米)のほとんどは彼らに渡しています。

 

・使用人

ぼくらのお寺には1人だけお寺のお手伝いをするために使用人がお坊さんに交じってお寺に住んでいます。たぶん大きなお寺だと何人もいると思います。

 

・話好きの近所のおっちゃん

書いてある通り。話好きの近所のおっちゃんが暇を持て余してやってきます。笑

 

・子どもたちや子連れの家族

ぼくも子どもの頃近くの神社でよく遊んでいましたが、そんな感じで毎日子どもたちがお寺で走り回っています。また、散歩をしに近所の小さな子を持つお母さんたちがやってきたりします。

 

・お葬式の参列者

うちのお寺にはほかのお寺にはあまりない火葬場があります。そのため2日に1回くらいは葬式がお寺の敷地内で行われます。

 

・坊主たちの学校の友達

うちのお寺で出家しているお坊さんのほとんどが学校に通いながら出家しているので、時々彼らの友達が話しにやってきます。

 

・坊主たちの親類

生活必需品などを持ってきたり、何かしらの用事でやってきたりします。しかし、極稀に。

 

・家出少年

母と喧嘩して家を出てきたが、一般人の友達の家に泊まるのは申し訳ないから、お坊さんの友達に頼んでお寺に泊まらせてもらっているとのこと。そんなのもアリなんですね…。

 

・キンソム屋(果物屋)

ラオスでは定番のキンソム(酸っぱい熟れていない果物を食べる習慣)はお寺でもあります。お坊さんたちがご飯を食べれるのは朝と昼だけですが、午後からも水と果物はOKです。そのため、キンソムはお坊さんたちにとって貴重な空腹解消材。

 

・日用雑貨屋

お坊さんにも必要な物があります。パンツ(昔は穿いていけなかったらしい)とかノートとか本とか延長コードとかサングラスとかスピーカーとかハンドスピナーとか何でも屋さんがやってきてその度お坊さんたちが群がります。

 

・宝くじ屋のおばちゃん

宝くじを売りにやってきます。たまに買うお坊さんもいます。「おい!煩悩!」

 

 

以上。大体こんなもんですね。

 

 

日本との違いとしては、『お参り』に来る人(参拝者)がいないということですね。

 

日本とラオスの仏教の大きな違いの1つですね。

日本の仏教は仏様にそのままにお祈りをしようとします。

ラオスでは托鉢をするという行為がそれに当たります。

考えてみれば、お祈りしても自らが行動をしなければ何にもなりませんね。(仏教は仏さまが願い事を叶えてくれるというわけではないので)そもそも仏教は、前回説明したように個人の行動を何より重視しています。

 

上座部仏教(ラオスの仏教)においてお坊さんは一般人が仏教的行動をするための媒介的役割も果たしているのですね。それ故にとても重要な存在でもあるわけですね。

 

 

それでは今回はこんなところで。

ໂຊກດີ

ラオスの仏教僧の備忘録(出家12日目:仏教僧的に母の「会うのが怖くなった」を解説します。)

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サバイディーສະບາຍດີ

どうも、ラオスの仏教僧ジーコです。

 

前回の『母親に出家がバレた結果⇒「会うのが怖くなった」と言われてしもた』から

laomekong.hatenablog.com

 

ぼくも一応、仏教僧ということで、、、

今回は、 

どうして母は「会うのが怖くなった」のかを、仏教的に解釈したいと思います。

 

 

ではでは、始めますね。

 

と、その前に、仏教の基礎的知識を勉強してからにしましょうか…。

 

 

みなさん、

そもそも『仏教』とは何でしょうか?

 

 

仏教を「お釈迦様を信じていれば、極楽浄土(天国)にいける宗教」と思っている人がよくいますが、それは間違った認識です。

 

本来、仏教は個々人が『苦』を完全に無くした状態(涅槃)を目指すことを目的とした宗教です。

 

苦しみを無くすには人はどのよう考え、行動すれば良いかということをブッダが教えてくれているわけです。

決して念仏を唱えれば極楽に行けるなんていう簡単なものではありません。

どちらかというと哲学にも近いです。

 

そんな仏教ですが、

仏教では『苦』には8つ種類があると言われています。

 

そうです。

皆さんもご存知の「四苦八苦する」という言葉は仏教からきた言葉です。

 

本来の「四苦八苦」の意味は、

人間の苦しみには誰もが避けることのできない「生苦(生まれる苦しみ)」「老苦(老いる苦しみ)」「病苦(病気にかかる苦しみ)」「死苦(死ぬ苦しみ)」の4つ。

それに加えさらに、

社会生活の4つの苦しみとして「愛別離苦(愛しい人と分かれる苦しみ)」「怨憎会苦(恨みに憎しみのある人とあわなければならない苦しみ)」「求不得苦(求めても手に入らない苦しみ)」「五蘊盛苦(心身が思い通りにならない苦しみ)」の8つの苦しみがあることです。

 

そして、それらの『苦』の原因が皆さんご存知『煩悩』です(このことを「集諦」という)。

 

「煩悩」の本当の意味は「汚すもの」つまり、心を汚すものを意味します。

 

その『煩悩』の根源が、3つあると言われています。

 

それが「貪欲(とんよく)」「瞋恚(しんに)」「愚癡(ぐち)」です。

 

貪欲とは、むさぼり執着すること(いわゆる欲望)

瞋恚とは、嫌悪すること、憎悪すること、拒絶反応を示すこと

愚癡とは、真実に暗いこと、無知であること

(ちなみにここでいう真実とは、「諸行無常:変わらない物はない」「諸法無我:全て存在に主体はない」「涅槃寂静:煩悩がない状態」の三法印などのブッダの教えのこと)

 

よく「貪・瞋・癡」と縮められて聞くことがありますね。

 

この3つの煩悩の根源のことを『三毒』と言います。

 

皆さん、『苦』の正体がわかりましたか? 

 

仏教の基礎知識は以上です。

 

やっと、母の「会うのが怖くなった」の解説に移れますね…。

ここまで分かれば、あとは一瞬で解説は終われます!

 

今回の母の「怖くなった」という感情は、いわば『苦』ですね。

 

母は一体に何に苦しんでいるのでしょうか?

 

上記の仏教の教えを参考にするとこのように考えられます↓

 

 

以上です。

こんなに簡単に説明がついてしまいます。

 

しかし、 同時に親が子を想う気持ちも分かります。

「自分の子どもが自分の知らない世界へと進んでいく」ことは親にとってとても心配なことかもしれません。

しかし、それこそ『諸法無我』であります。

 

仏教では自分の身体ですら自分のものではないと考えます。

いわんや、子どもの身体をやです。

 

自分の思い通りにできる人なんていません。

 

それだけでも心に留めておくと、途上国での活動だけでなく、普段の人間関係でも悩むことが少なくなりますよ。

 

母が良い勉強をさせてくれました。

感謝感謝。

 

両親がラオスに来たらラオスの文化を楽しんでもらえるように、私も努力します。

 

 

では、また。

ໂຊກດີ

 

 

ラオスの仏教僧の備忘録(出家10~11日目:母親に出家がバレた結果⇒「会うのが怖くなった」と言われてしもた…)

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サバイディーສະບາຍດີ

どうも、ラオスの仏教僧ジーコです。

 

これだけ大々的にブログやSNSで『出家』をしたことを書いていたので、遂に母親に出家をしていることがバレました…。(別に隠していたわけではないのですがね)

 

そして、今月の終わりに両親がラオスに来る予定になっていたのですが、ぼくが出家していることを知った母からきたLINEが

「会うのが怖くなりました…」

でした。

 

 

 

「やっぱり普通の日本人はこーゆう反応になるよねぇ~(苦笑)」

 

と、思いつつも、ここまでストレートに嫌悪感を出されるとは思っていなかったので流石に少しショックでした。(30秒ほど悩みました…。) 

 

 

ぼく自身少し失敗したな~と思うのがラオスに住んで1年が過ぎ、日本人的感覚を少し忘れかけていたということです。

 

というのも「出家する」という同じ言葉日本人とラオス人そして、ラオスにいる日本人とでは反応がこんなにも違うからです↓

 

 そんなわけで、今まで「マジで!スゲーな!」と言われていたのに、ここにきて母からの「会うのが怖くなりました」を不意にぶつけられ、ハッ!とさせられました。

 

たぶん、ぼくのブログを読まずにFacebookの画像だけ見てる友達の中には『ぼくがおかしくなっていってる』と思っている人もいるんだろうなぁ。と感じさせられた次第です…。

 

だがしかし、

 

それでもぼくは出家生活をまだ止めるつもりはありません。

あと1週間ほど最後までやり続けますよ!!

 

 

この出来事が起こって、改めてぼくが出家することの意義について考えてみました。 

 

 

まず、 どうして出家をしようかと思ったかについては、出家前日の記事で書きましたね。

laomekong.hatenablog.com

この記事で書いているように、基本的にはラオスの文化を知りたいということとただ他人がまだやっていないことをやってみたいという理由でした。

 

自分自身が仏教の真理を追究したいだとか悟りを開きたいという考えはありませんでした。

 

ぼくが知りたかったのは、ラオス人が信じるラオスの仏教とは何か?ラオス人はなぜ仏教を信じるのか?ラオスでは仏教がどんな役割を果たしているか?ということです。

ラオス人の信じるラオスの仏教を知るために、仏教そのものを知る必要がある。だから出家したという順番です

もちろん、仏教の教えに共感する点は多々ありますが、ゴールはそこではありません。

 

そんな本気で仏教を極めようと思っていないぼくが出家したことを快く思っていない人ももしかしたらいるかもしれません。

 

しかし、そんなぼくだからこそ出家した意義があったと思います。

では以下、ぼくの考えたぼくが出家したことの意義についてです。

 

1.協力隊(ラオスにいる人)の出家インフラの開拓

なかなか前例がないとやりにくいことって沢山ありますよね。しかも、宗教となると尚更心理的距離感を感じると思います。

過去にはラオスの協力隊で出家した人もいたそうですが、ここ数年間はまったくいなかったらしく、ぼくが出家したことで出家のインフラ開拓が出来たのではないかと思っています。

実際にぼくが出家すると公言してから「私もやってみたい」という声を沢山聴きました。

たぶんここ数年間はラオス隊員の出家ブームが続くのではないかと思います。

 

今回ブログで書いたぼくの備忘録たちは、今後そんなラオスで出家をしてみたいという人たちの貴重な情報源になっていってくれると思います。

 

2.ラオスの仏教を客観的に見ることができる

あくまでぼくが知りたかったのは、ラオスの仏教とお寺の実情についてであり、基本的には他のお坊さんたちの観察やお坊さんたちとのおしゃべり、そして、坊主である自分をラオス人はどう見ているのかを意識しながら生活していました。

だから、普通のお坊さんはしないであろう出家中に職場などに行ってみてみたりして、周りのラオ人のお坊さんへの反応をしることができました。

 

しかし、ラオスの仏教を客観的に見るにはある程度の仏教に関する知識とラオスの知識も必要になると思うので、もし出家したい方は仏教の基礎を勉強して、ラオスに半年以上生活してからの方が良いと思います。

 

3.日本人の価値観の破壊と再構築

これが今回1番メインとなる部分のお話です。

 

母親に「会うのが怖くなりました」と言われ、日本人の宗教への偏見はここまでのものなのか…と思わされました。

しかし同時に、だからこそ、ぼくが出家した意義があるのではないかと強く思った瞬間でもありました。

 

 けれど改めて考えるとつまりはこれまでやってきたことと大して変わらない』じゃんと思いました。

 

どーゆうことかというと

過去記事で↓のような記事を書きました。

laomekong.hatenablog.com

 それは『ラオス=途上国=危険』という価値観を壊したかったからです。

 

今回も同じです。

 

私の親のような日本人の『宗教=危ない(危険)』という価値観をぶっ壊す。

それが僕が出家した意義にもなります。

 

少なくとも自分の身の回りの人くらいになら影響を与えられるだけの力は自分にはあると思っています。

 

何故なら、今月の終わりに両親がラオスに来る予定ですが、2人ともぼくが協力隊になることに大反対していて「なんでラオスなんて途上国に行くの?」なんて言っていたくらいの人たちが新婚旅行以来の海外旅行でラオスに来るんですよ!

 

人の心なんて簡単に変わります。

しかし、変わることを受け入れるまでめちゃくちゃ拒まれます。

だから、ぼくはとりあえず自分がやって見せて変わらざるを得ない状況にします。

 

今回もまた、両親がラオスに来れば、なぜぼくが出家をしたのかを理解してくれることでしょう。

 

もちろん、両親だけでなくできるだけ多くの人に影響を与えたいとも思っています。

だからブログを書いています。

 

「固まった価値観を一度破壊して、柔らかい価値観へと再構築」

 してもらえるように…。

 

 

 

 そういえば、一番最初に書いた記事で同じようなことを書いていました↓

laomekong.hatenablog.com

『雄大なメコンの流れのように多様性のある新しい価値観を提供するブログを目指したい!!

そんな想いが込めたタイトルになっております。』と。

 

 

なんだかんだで一貫していたんだなぁ、このブログ。笑

 

では、また。

ໂຊກດີ

 

 

ラオスの仏教僧の備忘録(出家9日目:みんなが知らないラオスのお坊さんのルールとか)

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サバイディーສະບາຍດີ

どうも、ラオスの仏教僧ジーコです。

お坊さんに一眼を貸したら良い写真を撮ってくれました!

しかし、この写真以外は、Facebookのプロフィールにするような自分の個人写真を何十枚も撮られた状態で返ってきたので、ほとんど削除しておきました。

ホントにラオ人は自撮りが好きというか、自己愛がすごい。(ホント見習いたいくらい笑)

 

 

 

ではでは、タイトルの内容に移って、

今回は皆さんが知らないであろうラオスのお坊さんのルールを書いていきたいと思います。

 

基本的に全てのお坊さんが守らなければならないと言われているは皆さんもご存知かもしれませんが『五戒』ですね。

『五戒』を詳しく書きますと「不殺生:殺さない」、「不偸盗:盗まない」、「不邪淫:邪な性関係を持たない」、「不妄語:うそをつかない」、「不飲酒:酒を飲まない」の五つです。

 

基本的に見習僧のぼくが守らなければいけないのはこの5つです。

しかし、僧侶(ຄູບາ)になると227の戒律を守らなければならないと言われています。

が、前回の記事で書いたようにうちのお寺は学生寮的要素強いので、実際は全然ゆるいですね…。

だから、ぼくも出家をしながらもインターネットを使えています。お坊さんたちも暇な時間はスマホをいじったり普通の学生のようです。

 

 

では、上の五戒に加えてぼくが今思い出せたルール的なものを箇条書きで…

・普段は外泊(他のお寺で)はOKだが、カオパンサー中は外泊NG

お寺の外に出るときは正装の袈裟で、お寺の中にいるときはラフな袈裟

・女性に触れることもいけない。(隣に座るのもNG気味)

・お経は絶対参加(出欠もとる)

・バイク(車)を運転してはいけない。(乗せてもらうのはOK)

 

・見習僧(チョワ)は僧侶(クバー)よりも高い位置に居てはいけない(僧侶はベッド、見習僧は床)。

・ご飯は朝食と昼食だけ。お昼以降は飲み物と果物はOK

・買い物はしていいが、手渡しでお金を渡してはいけない。(一旦、置く) 

・タバコは一応OK

・托鉢は裸足でが、普段はサンダルでOK

・お経を読むときは正座、瞑想は座禅

 

今、思い出せるのはこんなところですね…。

 

 

 

最後に、朝食・昼食について書いて今日は終わりにします。

 

朝食・昼食は基本的に朝の托鉢でいただいたもので食べます。

laomekong.hatenablog.com

 

ラオスではもち米(カオニャオ)が主食となっているので、托鉢では必ずもち米が入ります。それに加えてお菓子やお金を入れる方もいらっしゃいます。

おかずは別に手で持てるようにナイロン袋に入れてある状態で置かれているので、それを持っていきます。

 

持って帰って来たおかずは、小皿に分けてみんなが食べれるようにします。

しかし、食べるときは僧侶だけの円卓と見習僧だけの円卓に分かれます。

僧侶たちのおかずの方が少し豪華な(肉系が多い)ときがあります。

(ラオスでは、お肉を食べるのもOKです)

 

実際の食事の様子がこちら↓

 

基本的に素手で自分の入れ物(バード)からもち米(カオニャオ)をとっておかずを一緒に掴んだり、汁物につけたりして食べます。

 

このようにみんなでシェアして食べるので、もちろん様々な菌もシェアです。

 

ということで、ついに絶賛下痢気味になったジーコです…。

 

まぁお腹の痛みも熱などもないので、明日には回復するでしょう。

ラオスに1年居てもさすがに毎日これは壊しますね…笑

ぼくだけ手を洗ってもなんの意味もないし。

 

菌と共に生きることも修行といことでしょうかねぇ。

 

とりあえず、あと10日です。

 

ではまた。

ໂຊກດີ

ラオスの仏教僧の備忘録(出家7~8日目:ラオスの仏教を支える正体に関する考察)

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サバイディーສະບາຍດີ

どうも、ラオスの仏教僧ジーコです。

 

出家生活を始めて1週間が経ちました。

 

この生活にもだいぶ慣れてきました。

これまでは事前に知識を入れ過ぎずにお坊さんたちの生活を観察することに重きを置いていたのですが、これからの残りの生活ではラオスの仏教の知識・理解を深めることに重きを置いていきたいと思います。

 

ということで、こんな本を読み始めました↓

 

静と動の仏教 (新アジア仏教史04スリランカ・東南アジア)

静と動の仏教 (新アジア仏教史04スリランカ・東南アジア)

  • 作者: 奈良康明下田正弘【編集委員】,林行夫【編集協力】
  • 出版社/メーカー: 佼成出版社
  • 発売日: 2011/01/27
  • メディア: 大型本
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出家をする2日まえにカフェに行ったら丁度この本を見つけて貸していただきました。

 

この本によると、

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ラオスの2006年の約人口580万人に対して、お坊さん(僧侶と見習い僧を合わせて)の数20,192人でラオスの全人口にして0.03%の人がお坊さんです。

 

他の国と比べるとラオスのお坊さんは少ないように見えます。

それもそのはず、実際ラオスは多民族国家で49の民族がいると言われています。

基本的に仏教を信じているのは人口の6割を占めるラオ族です。例外もあり

そして、そのラオ族がラオスの国土約2割しかない平野部に集住しています。

そのため、旅行などでラオスに来るととても寺院が多く感じますが、山間部に行くとほとんど見られません。

山間部の民族にはそれぞれその民族独自の精霊信仰があるからです。

 

ラオスは仏教国という風に思われがちですが、実はとても多様な信仰があり、ラオス国家も信仰の自由を謳っています。

 

ということで、ぼくがここで語る『ラオス』は仏教信仰を中心としたラオ族におけるラオス社会を指していることが多々あるかと思います。その点を考慮して読んでいただければと思います。

 

また、今後、新しい情報や知識を得ることで、これから書く考察が変化していく可能性は大です。しかし、1週間経った現時点における『ラオスの仏教』について書きたいと思います。

 

 

ラオスの仏教を支える正体に関する考察

 

まず最初に質問です。そして、正体の答えに繋がる質問です。

ラオスでお坊さんになる人はどんな人だと思いますか?

 

そんなの『仏教を熱心に信じている人』に決まっているじゃん!

 

と思った方、

残念ながら仏教を熱心に信じて自発的にお坊さんになる人は本当にごくごく少数です。

 

では、ラオスではどんな人がお坊さんになるのかというと、

圧倒的に多いのが「両親が貧しくてお寺に来た子」だそうです。

また「両親が離婚して預けられた子」など、何らかの家庭の事情があって、半ば強制的にお寺に連れてこられそのままお坊さんとなることがほとんどらしいです。

 

考えてみれば、小学生や中学生のときから仏教熱狂的信者になり、坊さんに自らなりたいと思う方がおかしいですよね。

 

ぼくのいるお寺には現在47人のお坊さんがいます。(僧侶と見習僧を合わせて)

そしてその内3~4人だけがビエンチャン出身であとは県外のお寺から移ってきたお坊さんです。

 

なぜ彼らは、県外からビエンチャンに移ってくるのかというと『学校(大学)に行くためです』。

ラオスにはサンガ学校というお坊さんのための学校があります。

そのサンガ学校は基本的に学費は無料で、かつ、英語、数学などの一般教育も受けることが、卒業すると普通の学校と同じ学位(学歴)となり、卒業後の進路も制限されません。

2007年のデータでサンガ学校は大学2校、高等学校11校、中学校33校、小学校12校あるとされています(OPSSL:2008)。

 

しかし、やはり地方ではサンガ学校数がなく、勉強ができなってしまうため、多くの若いお坊さんビエンチャンに移ってくるのです。

 

 

また、ルアンパバーンは街全体が世界遺産となっており景観や伝統を壊さないために戒律が厳しくなっているとのことです。そのため、お寺によっては出家したまま、女性のいる共学の学校に進学するのを禁じているお寺もあるそうです。

しかし、ビエンチャンのお寺の多くは共学の学校(サンガ学校ではない学校)への進学も許されています。

 

そのため若い10代~20代前半のお坊さんがビエンチャンに来るわけです。

実際のうちのお寺もほとんどが中高校生から大学生ばかりです。

そのため、一緒に生活してみてわかったことですが、お寺は修行の場というよりは、学生寮という雰囲気があります。

 

 

ビエンチャンの多くのお寺はそのような場所となっている可能性が高い思われます。

 

そんなわけで、

修行する前日に書いた記事では、ラオスのお寺は貧しい子の受け皿的役割を果たしてると書きましたが、それは本当だったようです。

laomekong.hatenablog.com

 

しかし、

単純にお寺が貧しい人を助ける受け皿という認識は甘かったようです。

 

結論を言えば『ラオスの仏教は貧困層によって成り立っていると今の段階では思うようになりました。

 

どういうことかというと、

 

親が貧しくて学校に行けない

仕方なくお寺に行くしかない

仏教の教えを覚える

仏教を教えに共感する

お坊さんとして生きていく

 

という流れで、生涯お坊さんとして生きていく人が出てくるわけです。

 

もし貧困層がいないとその流れが崩れてしまい、お坊さんがいなくなってしまします。

そうなるとラオスの仏教は衰退していってしまうでしょう。

 

つまり、

「ラオスの仏教が貧困層を支えている」という一方通行ではなく、「貧困層がラオスの仏教を支えている」という側面もあるということです。

 

もちろん、それができるのはラオ人の仏教への信仰があるからこそですが。

 

貧困層も富裕(中間)層もお互いに依存しあって、支えあっているわけですね。

 

以上が、1週間経ってぼくが見聞きして、見えてきたラオスの仏教の現状と考察です。

 

 

では、また。