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メコンの流れのように

多様な価値観、1つの世界

ラオスに行くなら必読!ラオスを舞台にしたマンガがあった!

サバイディーສະບາຍດີ

どうも、漫画は人生の教科書だと思っているラオスのジーコです。

皆さん知ってましたか?

ラオスを舞台にした漫画があるのを!?

その名も『ジャポニカの歩き方』

japonika

え…?ジャポニカ学習帳じゃないですよ!!

あらすじは

初めて訪れた海外でヒドイ目にあい『二度と海外には行かない』と決意した青海空土(あおみ・からど)。しかし就活に失敗しニートになってしまった空土は、バイト先で知り合った外交官・横溝(よこみぞ)に、年齢制限もなく特別な資格がなくてもなれる『在外公館派遣員』になるよう誘われ、何とか試験に合格、在ラオ日本大使館に赴任した。純日本人・青海空土の海外でのお仕事ライフが始まる!

ぼくも結構なマンガ好きで、色々なマンガを知ってる方だと自負していたのですが、

ぼくがこのマンガを知ったのはラオスに来てjicaのドミトリーの本棚で見つけたのが初めてでした。

不覚……。

ラオスに来るまで全く知らなかったマンガでしたが、今では何度も繰り返して読んでいます。

というのも、今までに何百タイトルものマンガを読んできましたが、僕の中では結構上位に入るくらい面白いんです!

そして、このマンガ面白いだけじゃなくて勉強にもなるんです。

もちろん、このマンガはフィクションでありこのマンガで出てくるラオ王国はラオスをモデルにした架空の国ではありますが、

ラオスに来る人の必読書と言っても過言ではないと思います。

なぜそこまで言うのかというと

①ラオスの文化や歴史、問題など分かりやすく説明されている

ラオス料理(カオニャオ、ラープ、ヨーチュンetc..)や観光地、伝統儀式(バーシー)などなど、『地球の歩き方ラオス編』にも書かれていないような情報も漫画の中で描かれています。

また、ベトナム戦争時のことや不発弾の問題などもリアルに描かれています。

ちなみにラオスは不発弾の数は世界一多いんです。そして今でも不発弾の被害は後を絶ちません(http://nantokashinakya.jp/member_reports/35_kimidori_laosvietnam02_01.php)。

ぼく自身、このマンガを読んで初めて知ったことが多くあります。

②ラオス人の国民性が忠実に表現されている

このマンガを読んでいると「あー、それ、わかるわかる」という、ラオスに住めばわかるラオ人あるあるが沢山出てきます。

特に主人公・空土の同僚のブウンがとても優しくて、ちょっぴり?いい加減なラオ人をよく表しています。

自分のカウンターパートもブウンのように考えたりしてるのかなぁなんて思いながら読んでいます。

③海外で働く事の苦難と喜びがリアルに表現されている

実際、青年海外協力隊として働く僕にとって、外交官として海外で働く主人公・空土に感情移入しながら読むことができました。

特に最終巻の成長した空土の言葉は、海外で働く人の苦難と喜びをリアルに表しているのと思います。(知りたい人はこちら)

なぜそこまでリアルにラオスや海外での働きについて描かれているのかというと、

著者の西山 優里子さんの父親が実際に外交官であり、西山さんは子ども頃ラオスに住んでいたそうです。

その実体験がこのマンガに、ふんだんに盛り込まれているわけですね。

ラオスというほとんどの日本人が知らないような国を舞台に、外交官というこれまたよく知られていない職業を取り上げたとてもニッチな作品ではありますが、だからこそ、響く人にはとても響くマンガになっています。

このマンガを知らなかった、ラオス、外交官、協力隊、NGOなどに関係するような人や興味のある方は是非読んでみて下さい。

オンライン英会話を始めて二言語同時学習をしたら世界が変わった。

サバイディーສະບາຍດີ どうも、ラオスのジーコです。   協力隊員の共通の悩みとして、一番に上がるのはやはり言語習得ではないでしょうか?   特に、ぼくの派遣地ラオスのような英語圏ではない国に派遣された隊員は、語学習得に占める苦労は大きいと思います。    

ラオ語と英語、どっちを勉強すればいいんだ??

  ぼくも語学習得に苦労をしている人間のひとりでした。   ぼくの職場は首都にある国立大学ということもあり、同僚の多くが英語が話せます。   赴任当初のぼくは「これはラッキー!」 英語は協力隊が終わってからも役に立つし、ラオス語よりも英語を重視して勉強しようと思ったのです。   しかし、それから2か月が経ち、新隊員(2016年度2次隊)がラオスにやってきて、 自分のラオ語が全然成長していないことに焦りを感じます。 これじゃヤバい!!と思い今度は、英語よりもラオ語を重視して勉強するようになりました。   すると、案の定、今度は、英語を話さなければならない時に、全然英語が出てこないのです。   挙句の果てには、英語を話そうとするとラオ語が出てきて、ラオ語を話そうとすると英語が出てきてしまうという状態になってしまっていたのです。   最初はラッキーと思った英語とラオ語の両方が通じてしまう環境が逆に、自分を苦しめるものになるなんて…。   それから僕は英語とラオ語を同時に勉強する方法を色々試してみました。   そして、その結果たどり着いたのが、オンライン英会話を用いた二言語同時学習法です。    

オンライン英会話はどこの会社が良い?

  オンライン英会話というのは、skypeを用いて英語圏の国の人と英会話をするものです。   オンライン英会話の会社にも色々あるのですが、ぼくが今回選んだのがDMM英会話です。 何故、DMM英会話を選んだのかというと、単純に他の会社よりも安い(毎日25分のレッスンで月額4950円)のと、『iknow!』という有料の英語学習アプリ(月額1480円)が無料で使えるからという理由です。 この『iknow!』という英語学習アプリは本来有料アプリということもあり、かなり質が高いです。   実は大学生の頃にも他社のオンライン英会話をやっていたことがあるのですが、教師の質や教材の質はどこの会社も大して変わらなさそうなので、一番安くて特典のあるDMMがお得だと判断して選びました。  

オンライン英会話を用いた二言語同時学習のやり方

  では、そのオンライン英会話を用いてどうやってラオ語と英語の二言語同時学習を行うか? ぼくは基本的には以下の4ステップで行っています。  

1.その日のオンライン英会話の予習。

まず、その日に勉強する教材の予習を英語で行います。 レッスン教材の『会話(conversation)』を用いて、フリートークパートの話す内容を予め考えます。  

2.オンライン英会話を受ける。

セルビア人の綺麗なおねーさんを講師に選んで英会話レッスンをふつうに楽しみます。(もちろん、男性でも、セルビア人でなくてもいいですよ。皆さんの好みで選んでください!)  

3.オンライン英会話で使ったフレーズをラオ語に訳す。

英語のできる同僚に「この英語のフレーズはラオ語でなんて言うの?」と聞いて、ノートに書きます。 例えば「How long does it take you to commute to work?(通勤にはどれだけかかる?)」というフレーズは ラオ語では『ເຈົ້າໃຊ້ເວລາເດີນທາງດົນປານໃດ』というふう訳されるようです。  

4.ラオ語に訳したフレーズを使って会話をする。

ラオ語に訳したフレーズを使って、2~3人の同僚に話しかけてみます。   以上がぼくの実践しているオンライン英会話を用いた二言語同時学習のやり方です。  

二言語同時学習のメリット

  この方法を行ってみて感じているメリットとして以下のことを感じています。

・単語を忘れにくい。

実際の英会話の中で使った会話をラオ語に訳しているため、英会話との記憶とリンクしてラオ語の単語も忘れにくくなります。 さき程の例文で出した「commute(通勤する)」という単語がラオ語で『ເດີນທາງ』だなんてことは普通の勉強机に向かった勉強では、すぐに忘れてしまっていたと思います。  

・それぞれの言語の特徴や文化が分かる。

二言語同時に学習するということは、日本語を合わせて3ヵ国語でその意味を考えることでもあります。 そうすると「日本語と英語」、「日本語とラオ語」だけではできなかった、3ヵ国語の比較という事ができ、今まで見えてこなかったそれぞれの言語の特徴が見えてきます。  

・同僚との会話が増えた。

英語のフレーズをラオ語でなんて言うのかと聞くことで、会話のきっかけが産まれるようになり以前よりも会話が増え、また同僚も積極的にラオ語を教えてくれるようになりました。  

・勉強が楽しくなった。

なによりこの学習法を実践して感じていることが、今まで苦痛だった語学の勉強が楽しいということです。 たぶんそれは、「ラオ語取得のためのラオ語の勉強」「英語習得のための英語の勉強」から 『ラオ語習得のための英語の勉強』になったからだと思います。   「ラオ語取得のためのラオ語の勉強」のときは、ラオ語を勉強しなきゃならないという気持ちが強く、それがストレスになってしまっていたのです。   しかし、『ラオ語習得のための英語の勉強』にすると、期末テスト前に普段しない部屋の掃除がはかどるみたいな感じになるのです。 わかりますかこの感覚(笑)   つまり、二言語を同時に勉強することによって、どちらの勉強も片方の勉強の逃げ場になったのです。   そうなったことで、両方の言語学習が仕事から遊びのように感じるようになったのです。   それはまさに、世界が変わったような…そんな感覚です。   もし、今、皆さんが語学勉強をしているのなら、二言語を同時に勉強してみてはいかがでしょうか?

まだ「グローバル人材」なんて目指してるの?

サバイディー! どうも、ラオスのジーコです。   近年、学校や企業の人材育成で「グローバル人材の育成」という言葉をよく目にしませんか?   しかし、はっきり言って「グローバル人材」を目指そうとするのはナンセンスだとぼくは思っています。   「グローバル人材」という新しくてなんとなくカッコイイ響きの言葉に踊らされているだけです。   世界がグローバル化しているから海外に通用するグローバル人材を育成しなきゃいけないと思っているのなら、それはグローバル化を勘違いしているとしか言えません。   日本がグローバル人材を目指しているうちは、本当の意味での『グローバル人材』にはなれないでしょう。    

「グローバル」V.S.「ローカル」??

  昨年、ぼくは協力隊の試験を受けると同時に教員採用試験も受けていました。   その教員採用試験の集団討論テーマがちょうどグローバル化についての内容でした。

「国際化・グローバル化の進展に対応する人材を育てる一方で、少子高齢化が進む中、地域の担い手となる人材の育成を進めていくことも重要であるという意見があります。このことについて話し合ってください。」

皆さんなら何と答えますか…?     ぼく以外の受験生たちの答えは「もっとネイティブのALTを使って外国語活動を充実させる」といった内容と「もっと地域産業を教育現場に取り入れる」といった内容の大きく2つ回答に分かれました。   つまりは『グローバル人材の育成』V.S.『ローカル人材の育成』という感じでした。     ぼくはその討論に違和感を感じざるを得ませんでした。   何が違和感か?   そもそも討論のテーマがナンセンスです。 『国際化・グローバル化の進展に対応する人材を育てる一方で、少子高齢化が進む中、地域の担い手となる人材の育成を進めていくことも…ありますが、   決して『一方で』では、ないんですよ。   『グローバル』と聞いて『海外』と思うのは、間違っています。   グローバル化と地域・地方(ローカル)のどちらか一方の方がより大切という議論は、本来のグローバル化の意味を理解していないとしか言えません。   それと同じでグローバル人材のこと英語をネイティブのようにペラペラに話して、海外でバリバリ働く事ができる人材と考えるのは間違っています。 言葉に騙されているだけです。    

そもそもグローバル化ってなに?

グローバル化とは、政治・経済、文化など、様々な側面において、従来の国家・地域の垣根を越え、地球規模で資本や情報のやり取りが行われること。 グローバル化により、経済的には、国内市場と海外市場の境目がなくなる、労働力も海外から調達できる、などの変化が顕著になる。また、人の行き来が盛んになることで、疫病の流行も世界規模になること(パンデミック)が少なくない。 出典:新語時事用時点 weblio辞書

  グローバル化って簡単に言えば、世界中の距離が近くなっているということですね。   だから、グローバル人材の育成とローカル人材の育成とを対立されるのは、甚だおかしなことなのです。   「グローバル」=「海外」ではなく、 「グローバル」=「日本を含めた1つ世界」 という認識が必要なのです。     考えてみて下さい。 あなたの友達の友達に何人外国人がいますか?   あなたがもし、ぼくのような協力隊や海外で働く人とリアルで友達なら、それだけで数百人の外国人があなたの友達の友達ということになります。   そう考えるととても世界が身近なことに感じませんか?  

言葉だけの「グローバル人材」はいらない

  「グローバル人材育成推進会議中間まとめ」(2011年6月)では以下のように『グローバル人材』を定義しています。

○ 「グローバル人材」の概念を整理すると、概ね、以下のような要素。 要素Ⅰ: 語学力・コミュニケーション能力 要素Ⅱ: 主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感 要素Ⅲ: 異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー ○ このほか、幅広い教養と深い専門性、課題発見・解決能力、チームワークと(異質な者の集団をまとめる)リーダーシップ、公共性・倫理観、メディア・リテラシー等。

  この定義を読むと『グローバル人材』って、語学が堪能で、コミュニケーション能力があって、リーダーシップがあって、教養があって…などなど つまり『グローバル人材』=『英語ができるエリート』でしょ?思ってしまう内容です。   多くの海外で働く気のない日本人にとっては「英語ができるエリートかぁ。じゃあ、俺にはグローバルなんて関係ないやー。」って思っちゃいますよね。   あれ??けど、ちょっと待ってくださいよ。 そもそもグローバル人材の育成って、最初に書いたようにグローバル化によって世界中の距離が近くなっているのだから一部の人にだけ関わることではなく、全ての人に関わるものではないのでしょうか? 一部のエリートを育てることが本当にグローバル人材の育成がめざすところなのでしょうか?    

グローバル時代に本当に必要な能力は?

  では、このグローバル化が進む今日、我々に本当に必要な能力とは、何でしょうか?   グローバル人材の要素は以下の3つでしたが、 要素Ⅰ: 語学力・コミュニケーション能力 要素Ⅱ: 主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感 要素Ⅲ: 異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー   ぼくは、要素Ⅲ「異文化に対する理解」の部分以外のいずれの要素も必要ないと思っています。     ぼくが思うグローバルな時代に必要な最も必要な能力は 「優しさ」です。 つまりは、誰かの役に立とうとすることです。   誰かの役に立とうすれば、異文化理解・多文化理解・他者理解が必要です。   そして、優しさを実行するための行動力さえあればそれで充分です。   優しさを行使するとどうなるか? 他者に優しくして生まれた1つの良いエネルギーはこの世界中が身近になった今日では、人と人とを介して瞬く間に良いエネルギーは世界中に広がります。 この動画のように   つまり、小さな田舎の地域の人たちのために行っている仕事や活動も、海外で英語を使って行っている仕事や活動もただ対象が違うだけで行っていることは大して変わらないのです。   だから、本当にこのグローバル時代に必要なものは、語学力でも主体性でも日本人としてのアイデンティティーでもなく、『優しさ』なのです。     ぼくはこの世の全ての人がグローバル人材だと思っています。 当たり前のことです。 グローバルとは「海外」のことではなく「世界」のことなのですから。   だからぼくは言うのです。

まだ「グローバル人材」なんて目指してるの?

保健教育雑談会ー良い保健の授業ってなんだ?ー(欲求不満編)

サバイディーສະບາຍດີ

今回はシリーズ『保健教育雑談会ー良い保健の授業ってなんだ?ー』

このシリーズでは僕(ジーコ)と日本の高校で保健体育の教師をやっている友達(シュン)が「良い保健の授業」を作るために実際にLINEで話し合った内容を元に会話形式で『良い保健の授業とは何か?』考えていきます。

前回は感染症予防接種編でしたが今回は欲求不満についてです。

それでは雑談開始です↓↓

シュン ジーコさん、ジーコさん、今回は面白そうな単元です!「欲求不満」についてです!

ジーコ おー!大切なところだねー。

シュン そもそも欲求不満って何なんでしょう?欲求不満って無いものねだりってことですかね?

ジーコ 無いものねだりねぇ。うーん。夢を持つことも一種のないものねだりだよね。だから、、、その「ない」って状態を不満に思う状態じゃないかな。

シュン なるほど。不満に思うことがいけないんですね。では「ない」って状態はマイナスなことなのでしょうか?

ジーコ いやいや、そうじゃないと思うよ。欲求があったからこそ人類はここまで発展してきたんだし、欲求が希望になることだってあるじゃん。

シュン そうですね。僕は生徒たちに欲求を悪いものではなく、希望のような良いものにしてあげたいです! でも、どうしてそもそも欲求って生まれるんでしょうか?

ジーコ うーん。やっぱりより良く生きたいと思うからじゃないかな。 けどその欲求が逆に足を引っ張るって皮肉だよねー。

シュン そうですね…。 人生を充実させたいから持つ感情が人を苦しめてるだなんて…

ジーコ だから、仏教は無欲であること良しとしたし、キリスト教も強欲を罪としたんだろうなぁ。

シュン 深いなー。あぁ~、結局、欲ってだめなのかなぁ~。

ジーコ 大切なのは欲望との付き合い方だよ。 本来、欲望は人間が生きるために必要なもの。 だけど、他人と比べて自分は持っていないという嫉妬の気持ちが働いたりすると、欲望は悪いものになってしまうんじゃないかな。

シュン そうかー。少しずつ分かってきました! しかし、これを高校生に伝えるのは難しそう…。

ジーコ 「~がほしい」「~がしたい」「~になりたい」っていう欲求自体は否定する必要はない。けど、どうしてそう思うのかってところが大切だと思うよ。

シュン つまり、、、「欲求の内なる意味」に焦点を当てるということですか…?

ジーコ うん。本当に自分自身が心から思っている欲求なのか?それとも他人に思わさせられている欲求なのか?そんな感じかな。

シュン 例えば、同じバスケがもっと上手くなりたいって欲求も、純粋に心からバスケが好きで思う人と、あいつなんかより上手くなりたいという外的要因からと思う人がいるってことですか?

ジーコ まぁ、そんな感じかなぁ。一概には言えないけど、その場、同じようにバスケのプレーが上手くいかなくて欲求が満たされない状態になったとき、前者はもっと練習しようとなるけど、後者は不満の矛先が他人になったりする可能性があるんじゃないかな。

シュン あ~、たしかにそうかもしれませんね。 自分自身の本当の欲求かぁ。あんまり考えてこなかったかもです。

ジーコ 本当の自分自身の欲求だったら、それが満たされない状態さえも楽しいと感じるんじゃないかな。だって夢中になって何かを追いかけている時って楽しいじゃん!

シュン それはよくわかります!欲求が満たされていないのが問題ではなく、そこに嫉妬などのマイナスの感情が問題なわけですね。 人間の欲求なんて無限にあって、そのほとんどが一生かけても満たされることはありませんよね。それなのに欲求不満になる人とそうでない人がいるってことはやはり欲求と付き合い方が大切なんですね! なんとなく授業のイメージが湧いてきましたー!ありがとうございました。

ジーコ ぼーぺんにゃん!(日本語でどういたしまして)

シュン え?ぼー、なんですか?

ジーコ 次回も楽しみにしてるねー!またね!

今回は欲求についてでしたが、口で言うのは簡単ですが、欲求をコントロールするのって難しいですよね。

誰かに認めてもらいたいがために、自分を偽ってしまってしまうことはよくありますよね。 ありのままの自分の欲求を大切にして、変な欲求不満は溜めないように気を付けていきたいものです。

保健教育雑談会ー良い保健の授業ってなんだ?ー(感染症予防接種編)

サバイディーສະບາຍດີ

どうも、ラオスのジーコです。

今回の記事からシリーズ『保健教育雑談会ー良い保健の授業ってなんだ?ー』をスタートします。

このシリーズでは僕(ジーコ)と日本の高校で保健体育の教師をやっている友達(シュン)が「良い保健の授業」を作るために実際にLINEで話し合った内容を元に会話形式で『良い保健の授業とは何か?』考えていきます。

実は僕は大学院で保健体育の教育学修士を修了しています。そして、特に保健教育について勉強をしてきました。現在もラオスの保健教育に携わっています。ラオスと日本の双方の保健教育を考えていくことで、保健教育に対する自分の中の考えが更に深くなっていることを感じています。

その考えを多くの保健教育に携わる方とシェアできればと思い、このシリーズをスタートすることにしました。

是非、僕とシュンと一緒に「良い保健の授業とは何か?」「健康とは何か?」を考えてみませんか??

それでは雑談開始です↓↓

シュン ジーコさん、ジーコさん、今回は授業で感染症の範囲をやろうと思うんですが、どうやっていきましょうか?何か良い案ありますか?

ジーコ 感染症か…。性感染症とかエイズとか、高校生にはやりにくい範囲だね…。

シュン そうなんですねー。高校生に性の話は難しいです…。けど感染症だけで教科書は3単元分もあるってことは重要なところなんですよねー。

ジーコ 感染症って一括りにされると結構範囲広いよね。『感染症』って言ってもインフルエンザとエイズとSARSとかの新興感染症じゃ全然予防法も違うしねー

シュン 感染症って高校生にとってあんまり身近に感じない分野だと思うんですよね。

ジーコ インフルエンザが一番メジャーかなぁ?けど、僕はあんまりインフルエンザの予防接種は勧めたくはないんだよねー

シュン え!?なんで勧めないんですか?予防接種打った方が健康的で良いんじゃないんですか?

ジーコ うーーん…。予防接種にも副作用の危険性もあるし、絶対に予防できるものでもないし、インフルエンザは死ぬような病気でもないし…、予防接種のメリットデメリットを考えるとする必要性は低いってのが僕の考えなんだよね。参考にこちらのサイトを読んでみて…『インフルエンザの予防接種に賛否!』

シュン そうなんですね…。けど、僕、こんな記事(『インフルエンザ予防接種ワクチンを打たない派の方へ』)を見つけたんですが、ジーコさんはこれを読んでどうお考えですか??この記事を読むと、予防接種を打つことの方がメリットがあるように思いますが…。

ジーコ うーん…。そうだね。色々な意見があるよね。僕は保健教育って、教師が『絶対にこうしなさい!』って言っちゃいけないと思うんだよね。しかも、賛否両論あることなら尚更。ネット上には色んな情報があるから、全てを鵜呑みにしないで、色々な角度から情報みて、情報を自分なりに取捨選択して、自分はこう行動していくと自分自身の意志で決めれるようになることが重要なんじゃないかなぁ。教師は生徒たちが自分自身の行動を自分で決めることができるようになるためのスキルや知識を提供する必要があると思う。

シュン ヘルスリテラシーを高めるってやつですね!ただこれをやりなさいと言われてやるだけの人間じゃなくて、自分で自分の健康に責任を持てる人材を育成していく必要がありますね。

ジーコ そうだね。あと健康行動って、時代や地域によっても変わるものなんだよね。例えば、感染症が流行していた時代や地域ならもちろん予防接種はとても効果的な健康行動になるよね。実際、僕も協力隊でラオスで活動するために、めちゃくちゃ色んな種類の予防接種打ってるからねぇ。日本人で狂犬病の予防接種受けてる人なんて何パーセントいるんだろうね?日本から出る予定もないのい狂犬病の予防接種を受けていたらバカだと思われるでしょ。それと同じでラオス人でインフルエンザ予防を受けている人は何パーセントいるだろうね?健康行動ってのは『常識や当たり前』というものと似ていると思うんだよね。

シュン 正しい健康行動ってものは、時代や地域によって変化するからこそ、自分自身で行動を決定する必要があるんですね。なんかまるで『自分の生き方』を考えているようですね。

ジーコ そうだね。『保健教育=人生教育』とも言えるかもしれないね。

シュン 確かに、、、健康を考えるということは、人生を考えることでもありますねぇ。健康行動を流されるままに行うことは、流されるままに人生を送るのと大して変わらないのかもしれませんねぇ。

ジーコ 前にブログ『知識なき行動は凶器であり、行動なき知識は無価値である。』って書いたけど、本当は子どもたちに行動させることが大切なのではなく、子どもたちが自分自身の意志で行動を決定させることが一番大切なんだなぁ

シュン 保健教育って奧が深いですよねー。あっ!良い感じに授業案が浮かんできました。ありがとうございます!また次もよろしくお願いします。

ジーコ こちらこそ、ありがとう!また一緒に考えよう!

【今回の会話のまとめ】 ・保健教育って、教師が『絶対にこうしなさい!』って言っちゃいけない ・大切なのは生徒たちが自分自身の行動を自分で決めれるようにすること ・健康行動は時代や地域によって変わる ・健康を考えるということは、人生を考えること