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保健教育雑談会ー良い保健の授業ってなんだ?ー(欲求不満編)

サバイディーສະບາຍດີ

今回はシリーズ『保健教育雑談会ー良い保健の授業ってなんだ?ー』

このシリーズでは僕(ジーコ)と日本の高校で保健体育の教師をやっている友達(シュン)が「良い保健の授業」を作るために実際にLINEで話し合った内容を元に会話形式で『良い保健の授業とは何か?』考えていきます。

前回は感染症予防接種編でしたが今回は欲求不満についてです。

それでは雑談開始です↓↓

シュン ジーコさん、ジーコさん、今回は面白そうな単元です!「欲求不満」についてです!

ジーコ おー!大切なところだねー。

シュン そもそも欲求不満って何なんでしょう?欲求不満って無いものねだりってことですかね?

ジーコ 無いものねだりねぇ。うーん。夢を持つことも一種のないものねだりだよね。だから、、、その「ない」って状態を不満に思う状態じゃないかな。

シュン なるほど。不満に思うことがいけないんですね。では「ない」って状態はマイナスなことなのでしょうか?

ジーコ いやいや、そうじゃないと思うよ。欲求があったからこそ人類はここまで発展してきたんだし、欲求が希望になることだってあるじゃん。

シュン そうですね。僕は生徒たちに欲求を悪いものではなく、希望のような良いものにしてあげたいです! でも、どうしてそもそも欲求って生まれるんでしょうか?

ジーコ うーん。やっぱりより良く生きたいと思うからじゃないかな。 けどその欲求が逆に足を引っ張るって皮肉だよねー。

シュン そうですね…。 人生を充実させたいから持つ感情が人を苦しめてるだなんて…

ジーコ だから、仏教は無欲であること良しとしたし、キリスト教も強欲を罪としたんだろうなぁ。

シュン 深いなー。あぁ~、結局、欲ってだめなのかなぁ~。

ジーコ 大切なのは欲望との付き合い方だよ。 本来、欲望は人間が生きるために必要なもの。 だけど、他人と比べて自分は持っていないという嫉妬の気持ちが働いたりすると、欲望は悪いものになってしまうんじゃないかな。

シュン そうかー。少しずつ分かってきました! しかし、これを高校生に伝えるのは難しそう…。

ジーコ 「~がほしい」「~がしたい」「~になりたい」っていう欲求自体は否定する必要はない。けど、どうしてそう思うのかってところが大切だと思うよ。

シュン つまり、、、「欲求の内なる意味」に焦点を当てるということですか…?

ジーコ うん。本当に自分自身が心から思っている欲求なのか?それとも他人に思わさせられている欲求なのか?そんな感じかな。

シュン 例えば、同じバスケがもっと上手くなりたいって欲求も、純粋に心からバスケが好きで思う人と、あいつなんかより上手くなりたいという外的要因からと思う人がいるってことですか?

ジーコ まぁ、そんな感じかなぁ。一概には言えないけど、その場、同じようにバスケのプレーが上手くいかなくて欲求が満たされない状態になったとき、前者はもっと練習しようとなるけど、後者は不満の矛先が他人になったりする可能性があるんじゃないかな。

シュン あ~、たしかにそうかもしれませんね。 自分自身の本当の欲求かぁ。あんまり考えてこなかったかもです。

ジーコ 本当の自分自身の欲求だったら、それが満たされない状態さえも楽しいと感じるんじゃないかな。だって夢中になって何かを追いかけている時って楽しいじゃん!

シュン それはよくわかります!欲求が満たされていないのが問題ではなく、そこに嫉妬などのマイナスの感情が問題なわけですね。 人間の欲求なんて無限にあって、そのほとんどが一生かけても満たされることはありませんよね。それなのに欲求不満になる人とそうでない人がいるってことはやはり欲求と付き合い方が大切なんですね! なんとなく授業のイメージが湧いてきましたー!ありがとうございました。

ジーコ ぼーぺんにゃん!(日本語でどういたしまして)

シュン え?ぼー、なんですか?

ジーコ 次回も楽しみにしてるねー!またね!

今回は欲求についてでしたが、口で言うのは簡単ですが、欲求をコントロールするのって難しいですよね。

誰かに認めてもらいたいがために、自分を偽ってしまってしまうことはよくありますよね。 ありのままの自分の欲求を大切にして、変な欲求不満は溜めないように気を付けていきたいものです。