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メコンの流れのように

多様な価値観、1つの世界

ラオス語で『残業』は「残った業務」ではなく、「時間を無視して働く」だよ

サバイディー

どうも、ラオスのジーコです。

最近日本では、電通の新入社員の過労自殺がニュースで取り上げられているようですね。

(電通の女性新社員自殺、労災と認定 残業月105時間 10月9日現在)

本当に残念なニュースです。彼女のご冥福をお祈りいたします。

今回は、このニュースからラオスと日本の働き方について考えたことを書いていきたいと思います。

そもそも「残業」とは一体何だ??

ラオスで働いていると、まず、ラオス人で過労死する人はいないんじゃないかなと思います。

僕の職場の大学では、先生たちは8時頃から段々と先生たちが職場に来て、そして、16時頃になると帰っていきます。17時頃になるとほとんど誰もいなくなります。

僕はラオスには「残業」という単語すらないのではないかと思い、調べてみました。

すると、確かに「残業」という単語はありました。

ラオス語では、「ເຮັດວຽກລ່ວງເວລາ」と書くらしいです。

これを日本語に直訳すると『時間を無視して働く』という意味になります。

日本語では『残った業務』と書いて「残業」です。

ラオスと日本では、単語の作りからして全く違った意味を持っているんですね。

どちらが、「残業」の意味を正しく表現しているのでしょうね??

当たり前の正体って何だ??

例のニュースの記事で「残業100時間なんて当たり前」というようなコメントも見ました。

その人から見たら、ラオスにほとんど残業がないことが異常なんでしょうが、

ラオス人から見たら、日本の残業が当たり前という状況が異常です。

当たり前なんてものは、実はとても適当なもので、

異常なものも多数派になれば、当たり前になります。

つまり、当たり前=正しいというわけではないのです。

それなのに、日本では「みんながそうしているのだから、あなたもそうしなさい」という考えが充満している。

そして多くの人が、「当たり前」の犠牲になっている。

残業が当たり前?

学校に行くのが当たり前?

トイレがきれいなのが当たり前?

バスが時間通りに来るのが当たり前?

僕はラオスに来て、何度も日本の当たり前なんて全く通用しないという経験をしてきました。

そして「全ての当たり前は、僕たちが勝手に当たり前だと思い込んでいるものに過ぎない」ということが分かりました。

普段の日本の生活の中では、「当たり前とは何か?」を考える機会は少ないと思います。

ですので、この記事を読んだことを機に、今一度、日本の当たり前と自分の中の当たり前を疑ってみませんか?