メコンの流れのように

多様な価値観、1つの世界

ラオスの仏教僧の備忘録(出家10~11日目:母親に出家がバレた結果⇒「会うのが怖くなった」と言われてしもた…)

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サバイディーສະບາຍດີ

どうも、ラオスの仏教僧ジーコです。

 

これだけ大々的にブログやSNSで『出家』をしたことを書いていたので、遂に母親に出家をしていることがバレました…。(別に隠していたわけではないのですがね)

 

そして、今月の終わりに両親がラオスに来る予定になっていたのですが、ぼくが出家していることを知った母からきたLINEが

「会うのが怖くなりました…」

でした。

 

 

 

「やっぱり普通の日本人はこーゆう反応になるよねぇ~(苦笑)」

 

と、思いつつも、ここまでストレートに嫌悪感を出されるとは思っていなかったので流石に少しショックでした。(30秒ほど悩みました…。) 

 

 

ぼく自身少し失敗したな~と思うのがラオスに住んで1年が過ぎ、日本人的感覚を少し忘れかけていたということです。

 

というのも「出家する」という同じ言葉日本人とラオス人そして、ラオスにいる日本人とでは反応がこんなにも違うからです↓

 

 そんなわけで、今まで「マジで!スゲーな!」と言われていたのに、ここにきて母からの「会うのが怖くなりました」を不意にぶつけられ、ハッ!とさせられました。

 

たぶん、ぼくのブログを読まずにFacebookの画像だけ見てる友達の中には『ぼくがおかしくなっていってる』と思っている人もいるんだろうなぁ。と感じさせられた次第です…。

 

だがしかし、

 

それでもぼくは出家生活をまだ止めるつもりはありません。

あと1週間ほど最後までやり続けますよ!!

 

 

この出来事が起こって、改めてぼくが出家することの意義について考えてみました。 

 

 

まず、 どうして出家をしようかと思ったかについては、出家前日の記事で書きましたね。

laomekong.hatenablog.com

この記事で書いているように、基本的にはラオスの文化を知りたいということとただ他人がまだやっていないことをやってみたいという理由でした。

 

自分自身が仏教の真理を追究したいだとか悟りを開きたいという考えはありませんでした。

 

ぼくが知りたかったのは、ラオス人が信じるラオスの仏教とは何か?ラオス人はなぜ仏教を信じるのか?ラオスでは仏教がどんな役割を果たしているか?ということです。

ラオス人の信じるラオスの仏教を知るために、仏教そのものを知る必要がある。だから出家したという順番です

もちろん、仏教の教えに共感する点は多々ありますが、ゴールはそこではありません。

 

そんな本気で仏教を極めようと思っていないぼくが出家したことを快く思っていない人ももしかしたらいるかもしれません。

 

しかし、そんなぼくだからこそ出家した意義があったと思います。

では以下、ぼくの考えたぼくが出家したことの意義についてです。

 

1.協力隊(ラオスにいる人)の出家インフラの開拓

なかなか前例がないとやりにくいことって沢山ありますよね。しかも、宗教となると尚更心理的距離感を感じると思います。

過去にはラオスの協力隊で出家した人もいたそうですが、ここ数年間はまったくいなかったらしく、ぼくが出家したことで出家のインフラ開拓が出来たのではないかと思っています。

実際にぼくが出家すると公言してから「私もやってみたい」という声を沢山聴きました。

たぶんここ数年間はラオス隊員の出家ブームが続くのではないかと思います。

 

今回ブログで書いたぼくの備忘録たちは、今後そんなラオスで出家をしてみたいという人たちの貴重な情報源になっていってくれると思います。

 

2.ラオスの仏教を客観的に見ることができる

あくまでぼくが知りたかったのは、ラオスの仏教とお寺の実情についてであり、基本的には他のお坊さんたちの観察やお坊さんたちとのおしゃべり、そして、坊主である自分をラオス人はどう見ているのかを意識しながら生活していました。

だから、普通のお坊さんはしないであろう出家中に職場などに行ってみてみたりして、周りのラオ人のお坊さんへの反応をしることができました。

 

しかし、ラオスの仏教を客観的に見るにはある程度の仏教に関する知識とラオスの知識も必要になると思うので、もし出家したい方は仏教の基礎を勉強して、ラオスに半年以上生活してからの方が良いと思います。

 

3.日本人の価値観の破壊と再構築

これが今回1番メインとなる部分のお話です。

 

母親に「会うのが怖くなりました」と言われ、日本人の宗教への偏見はここまでのものなのか…と思わされました。

しかし同時に、だからこそ、ぼくが出家した意義があるのではないかと強く思った瞬間でもありました。

 

 けれど改めて考えるとつまりはこれまでやってきたことと大して変わらない』じゃんと思いました。

 

どーゆうことかというと

過去記事で↓のような記事を書きました。

laomekong.hatenablog.com

 それは『ラオス=途上国=危険』という価値観を壊したかったからです。

 

今回も同じです。

 

私の親のような日本人の『宗教=危ない(危険)』という価値観をぶっ壊す。

それが僕が出家した意義にもなります。

 

少なくとも自分の身の回りの人くらいになら影響を与えられるだけの力は自分にはあると思っています。

 

何故なら、今月の終わりに両親がラオスに来る予定ですが、2人ともぼくが協力隊になることに大反対していて「なんでラオスなんて途上国に行くの?」なんて言っていたくらいの人たちが新婚旅行以来の海外旅行でラオスに来るんですよ!

 

人の心なんて簡単に変わります。

しかし、変わることを受け入れるまでめちゃくちゃ拒まれます。

だから、ぼくはとりあえず自分がやって見せて変わらざるを得ない状況にします。

 

今回もまた、両親がラオスに来れば、なぜぼくが出家をしたのかを理解してくれることでしょう。

 

もちろん、両親だけでなくできるだけ多くの人に影響を与えたいとも思っています。

だからブログを書いています。

 

「固まった価値観を一度破壊して、柔らかい価値観へと再構築」

 してもらえるように…。

 

 

 

 そういえば、一番最初に書いた記事で同じようなことを書いていました↓

laomekong.hatenablog.com

『雄大なメコンの流れのように多様性のある新しい価値観を提供するブログを目指したい!!

そんな想いが込めたタイトルになっております。』と。

 

 

なんだかんだで一貫していたんだなぁ、このブログ。笑

 

では、また。

ໂຊກດີ